『一体何が起きたんだ??』
バレンタイン陣営に緊張が走った!!
一瞬の出来事だった。
チャンピオン キム・ミヌクの強烈な右ストレートがバレンタインをとらえたのだ。
第2R早々、バレンタイン ダウン!!
バレンタインの出だしは決して悪くなかった。会場は超満員、残酷なほどの歓声がバレンタインを襲う。
試合前日から同行した石井 孝マネージャーが計量後、バレンタインに語った『今から30年ほど前にカシアス内藤(※1)と沢木 耕太郎(※2)が成し得なかった敵地・韓国の東洋タイトル奪還を実現したいんだよ。一瞬の夏(※3)を完成させたいんだ。』
石井氏がライターとして憧れた沢木 耕太郎、カシアス内藤と沢木 耕太郎が成し得なかった世界を、バレンタインに託した。
自らの青春時代が甦ったのだろう。
敵地の洗礼を浴びながら、立ち上がったバレンタイン。苦しい展開、今まで前半から劣勢だった試合は無かっただろう。しかしここからボクシングを組み立て修正を図った。
時折強打を浴びながらも、中盤には多彩な攻撃でチャンピオンを惑わせた。
しかしむかえた11R、またしてもキムの非情で強烈な連打にレフェリーが試合をストップ。
バレンタイン、そして我々の“一瞬の夏”は終わりを告げた
試合後、お疲れ会の食事の後、ホテルに帰り私は柄にもなく一人、自分の不甲斐なさに咽び泣いた。バレンタインをチャンピオンにさせてあげられなかった現実が自らを責め立てる。 韓国最後の夜、外は雨が降り始めた。 ソウルの街も私の心を洗い流すかのように一緒に泣いてくれたのだろう・・・。
バレンタインは全力を出し尽くして戦ったんだ、胸を張って日本に帰ろう。それだけが救いだった。
結果という数字だけみれば大敗だろう。
しかし3Rで終わるかもしれなかった試合を、ダウン後よく持ち直したのは成長の証だと私は思う。
滞在期間中、韓国も日本と同じく蒸し暑かった。しかし暑さの中にも爽やかな風が、過ぎ行く夏を感じさせる。
19日夕暮れ時、我々は日本に帰るべくソウル・金浦空港にいた。 ファイナルコールが響く空港の 待合室、私は試合のダメージはもちろん、バレンタインの心のダメージが気になった『バレン、光は失ってないか?』とおもむろに訊ねた。『もちろん!!韓国に来て良かったよ、悔しいだけ、大丈夫だよ!』といつものタメ口 『オレはこれで終わりじゃない!!』と強く語った。 窓越しに見える 帰りの飛行機とバレンタインを夕陽が優しく照らす。
私は試合後を回想した。
誰もいない控え室で、いつも陽気で意地っ張りな“誇り高き男”バレンタインが泣き崩れる所を目の当たりした・・・私には為すすべもない。しかし彼が語った言葉は『今日の試合のジャッジペーパーを見せて頂けませんか?』と泣きながら語った。
バレンタインは今後の試合も見据えて自らを採点しようとしたのだ。
帰りのフライトではほとんど言葉は交わさなかった。
羽田空港に着き、京急線で家へ急ぐ。
バレンタインとは大門駅で別れた。
私は奴に何もできなかった。
そんな私に『ありがとうございました。またよろしくお願いいたします!!!』と告げ電車を降りた。
私は『お疲れ様』以外、気のきいた言葉などかけられなかった。
敗戦の背中が寂しさを物語るが、こんな時でもむしろ私のはうが気を使われた感かある。バレンタインはそんな優しい男だ。
ようし、お互いまた頑張ろう!! と私は心に誓った。何故ならバレンタインはまだまだ諦めてはいないのだから・・・。
我々は終わりではない。
バレンタイン、そして我々の旅は今ここから始まったのだ・・・更なる高みを目指して・・・。
※1 カシアス内藤: 70年代に活躍した伝説のボクサー。 現在横浜でE&Jカシアスジムの会長を務める。細川 バレンタイン選手も親交があり、父のように慕う。
※2 沢木 耕太郎:ノンフィクション作家『深夜特急』『一瞬の夏』『クレイになれなかった男』など数々の名作がある。独特の世界観がたまらない!!皆さんも是非ご覧になって♪ 宮田会長、鈴木先生も大絶賛!!
※3 一瞬の夏:沢木 耕太郎作品。作者とカンバックしたカシアス内藤が共に敵地・韓国で東洋タイトル奪還を目指し、その背景や生き樣を描いたノンフィクション作品。
バレン、貸した『一瞬の夏』早く返せ(笑)鈴木先生より